Amazing Grace

Eternal Songs Kaleidoscope 佳曲萬華鏡

Amazing Grace / Mahalia Jackson

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Amazing grace how sweet the sound

That saved a wretch like me.

I once was lost but now am found,

Was blind but now I see.

驚くべき恵み

何と快く響く事か

私の如くどうしようもないものまでも救われた

光を失い、闇をさまよっていた私を

神は救いたもうた

昔は見えなかった神の光も

今は見えるようになった

‘Twas grace that taught my heart to fear,

And grace my fears relieved,

How precious did that grace appear,

The hour I first believed.

私の心に畏れるようさとしてくれ

そしてまたその畏れをやわらげてもくれる

神の恵み

それをもたらされる事が、いかにとてつもない事か

私は思い知る

恩恵の存在を確信しえたそのせつな

Through many dangers, toils and snares

I have already come.

‘Tis grace hath brought me safe thus far,

And grace will lead me home.

危難、辛苦、誘惑、いろいろありしも

ずっと私は神に救われし

そしてこれからも導いてくれるだろう

The Lord has promised good to me,

His Word my hope secures;

He will my shield and portion be

As long as life endures.

主は私に善かれと約してくれた

主の御言葉で、私の”望み”は護られる

主は私の盾となり、私と共に在らせられるだろう

命の続く限り

Yes,when this heart and flesh shall fail,

And mortal life shall cease,

I shall possess within the veil,

A life of joy and peace.

正に此の心と体が衰え

限りある命が尽きたそのとき

私はベールに覆われて

喜び、安らぎの”生”を得られるだろう

The earth shall soon dissolve like snow,

The sun forbear to shine;

But God, Who called me here below,

Will be forever mine.

地が雪の如く溶け出し

天の陽が輝くのを止めても

私をその下に召された神は

いつまでも私と共に在る

John Newton, Olney Hymns, 1779 (日本語訳 : 我妻広己)

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“Amazing Grace”の詞をつくったのは、英国教会牧師だったジョン・ニュートン。1779年、クリスチャンの賛美歌として、此の世に生まれています。

それが今や、全世界で最もよく知られる英語詞の曲と言われるまでになりました。世界中で親しまれている民俗賛美歌として、なんと年1千万回は演じられるそう。

とくに、アフリカン・アメリカンの心底愛す曲、スピリチュアルズとして崇められ、彼らがもしも独立し、国歌を決めるとしたら、此の曲となるだろう事は疑いありません。

すでに7,000作以上のレコーディング・ヴァージョンが認められているそう。初レコーディングは1922年、セイクリッド・ハープ・クワイアーの歌うア・カペラ・ヴァージョンで。サム・クックのザ・ソウル・スターラーズを始め、ザ・バーズ、エルヴィス・プレスリー、スキーター・デイヴィス、アメイジング・リズム・エイシズ、ウィリー・ネルソン、ザ・レモンヘッズ等多種多様なアーティストがパフォーマンス、ヴァラエティーに富むヴァージョンが生まれています。

そんな作品群の中でマスターピースの誉れ高いのが、ゴスペルの母マヘリア・ジャクソンのそれ。1947年のレコーディング・ヴァーションが最も広く親しまれています。

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普く其の名を世に轟かしたゴスペル・シンガー、マヘリア・ジャクソン(1911.10.26 – 1972.1.27)が此の世に生を受け育てられたのは、米ルイジアナ州ニューオリンズ市の街ブラック・パールで。暮らしぶりは幸せとはいえず。幼い頃からすでにバプティスト系教会で歌い始めています。

’27年、16歳の時、生誕地南部を離れ、シカゴへ。グレイター・セイラム・バプティスト・クワイアへ迎えられ、やがてジョンソン・ゴスペル・シンガーズの1員としてツアーするようになります。そして、”ゴスペルの父”トーマス・A・ドーシーと知り合い、’30年代半ばからツアーなども共にして、其の名を広く高く知らしめました。

’31年の初レコーディング、そして’37年の再挑戦も失敗後、’46年、アポロと契約後、レコーディングしたものから売れるように。マルチ・ミリオンセラーとなり、ゴスペルで最も当たった曲といわれる “Move On Up A Little Higher”(’48年)などが生まれています。

“Amazing Grace”も、そんな曲と同じ頃、’47年、アポロでレコーディングを果たした1曲でした。

「心底苦しんで悔い改め、生まれいづる類の曲ですね。どんなひどい声で歌っても伝わるでしょう。真の体験談が綴られているから」(生前語られたものから)

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マヘリア・ジャクソンの歌う、“Amazing Grace”。1971年2月24日、ジョニー・キャッシュがホストを司る音楽系TVヴァラエティー・ショウ“The Johnny Cash Show”の第53回で。1年後齢60歳で亡くなるとは思えないほど、強く、深く……’神の力’が漲るものでした。

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“Amazing Grace”は、“救い”の歌として、どんな人であれ、心を共にしえます。しかし、そんな曲であるにもかかわらず、一点妙なコトバが見られるのです。それが、始まってすぐ現われる、“wretch”。ふつう、“卑劣漢”と訳したりもするコトバなんですよね。かつて奴隷暮らしを強いられていたアフリカン・アメリカン、そしてまたネイティヴ・アメリカン等迫害をリアルに蒙ったみじめな人たちが愛してやまない曲。なのに、自ら「私の如く卑劣漢までも救われた」なんて歌うでしょうか? と思い、別の意味合いをみてみれば、“悲惨、不運、不幸……などに、哀れ、どっぷりつかった人”みたいなものがあり、はまるわけですが。

ただし、実はそもそも“卑劣漢”でよかった、というのが此の曲の深みとなっているんですよね。

ハナシは、詞をつくった人に端を発します。主人公は、ジョン・ニュートン。1725年、英ロンドン生、父親同様船乗りとなった彼は、大英帝国海軍軍人なども経た後、奴隷船に乗るようになります。1748年、そんな或る日の夜、恐ろしい嵐が船を襲ったのです。為す術も無く、ただひたすら神に祈るしかなかったと。そして、何とかかんとか生をつないだ彼は、其の少し後で奴隷船を下り、卑劣漢だった有り様を深く悔い改め、救ってくれた神へ自ら我が身と心を捧げたのでした。1764年、バーミングシャーのオールニーで、英国教会牧師へ。やがて、友のウィリアム・クーパーと共に、詩をつくるようになります。

1773年元旦、“Amazing Grace”は生まれました。それはかつてニュートンが自ら得た神の御慈悲を綴り、世に知らしめたもの。メロディーがつけられていたかどうかはわかりませんが、無伴奏で唱えられるようになります。1779年、同作含むオールニー賛美歌集出版。当初英国内ではそれ程注目も集めませんでしたが、19世紀米国内で愛でられるように。20曲以上のメロディーがつけられますが、1835年、米バプティスト系教会のソングリーダー、ウィリアム・ウォーカーがトラディショナル曲”New Britain”(同作品自体、”Gallaher”と”St. Mary”の融合作)と合わせたものが、以後最も歌われるヴァージョンとなっています。

<了>

+

When we’ve been there ten thousand years,

Bright shining as the sun, 

We’ve no less days to sing God’s praise 

Than when we’d first begun.

何万年、経とうが

陽の光の如く輝いているだろう

初めてそれを歌いだしたその時よりもずっと

神の恵みをしっかりと讃え、歌い続けているだろう

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